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  「殿堂入り」した方々  

2004年度の殿堂入りした方々
  写真:兼高 かおる兼高 かおる
 
 
  略歴
 1928年(昭和3年)生まれ。香蘭女学校卒業後、ロサンゼルス私立大学に留学。帰国後はジャパンタイムスなどを舞台にフリーランサーとして活躍。1958年にスカンジナビア航空主催の世界早回りに挑戦し、73時間9分35秒の新記録を樹立。1959年から1990年まで31年間にわたりテレビ番組「兼高かおる世界の旅」(TBS系)に出演しナレーター、ディレクター兼プロデューサーを務める。取材した国は150カ国。1985年淡路島で開催された「くにうみの祭典」のメイン会場に「兼高かおる旅の資料館」が建設され、同館名誉館長を務める。1986年から「横浜人形の家」館長、日本旅行作家協会副会長。日本鳥類保護連盟理事。横浜観光コンベンション・ビューロー副理事長。エコツーリズム推進協議会の1997年の設立から01年まで会長職を務め、現在は日本エコツーリズム協会・協会アドバイザー。
 1991年紫綬褒章受章。

 
 
  旅行・観光産業への貢献
写真:兼高 かおる 戦後のわが国の国際旅行は、「兼高かおる世界の旅」がバックグラウンドとなって、今日の隆盛をみたといっても過言ではない。同番組によって初めて海外旅行の魅力に触れた日本国民も少なくないはずだ。30年以上をかけて、距離にして地球180周分に相当するという長大な取材旅行を敢行し、世界中の観光的な魅力や文化、芸術、風俗・習慣などに関する情報を日本に届け続けた。同番組で初めて日本に紹介された国や地域も少なくない。
 その影響力は多大であり、番組で紹介したパリのチーズ店に日本人旅行者が大挙して訪れたこともある。また、かつて経済団体での講演で「現役引退後に海外で快適に生活できる場所は」との質問にパース(西オーストラリア)と答えたところ、財界を通じてこの話が広く知られることになった。厳密に言えば発言の意図とは異なる伝わり方となりはしたものの、結果的にパースはその後、我が国では“世界で一番快適な町”として喧伝され、数多くの旅行者を引き付けることになった。

写真:兼高 かおる 「兼高かおる世界の旅」の取材中に、マーシャル諸島共和国で観光産業振興の相談に乗ったところ、大酋長(大統領の兄)よりお礼として島をプレゼントされるといったエピソードもあり、国際親善交流や民間外交といった観点での貢献も少なくない。現在も南アフリカ共和国観光名誉大使を務める。
 また海外旅行という市場拡大への貢献はもちろん、旅行ジャーナリストという分野を開拓した先駆者になると同時に、スタッフまかせにしない番組づくりによって、旅行ジャーナリストとしての鏡ともなった。
 1959年発行の「世界とびある記」をはじめ「兼高かおる世界の旅」(1964年)、「兼高かおる旅のアルバム」(1985年)、「世界の祭り」(1991年)、「私の愛する憩いの地」(1992年)、「私の好きな世界の街」(1996年)など、数多くの著作を通じても海外旅行の普及に一役買っている。

 

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